今日は実家に帰った。
実家は母親が1人暮らしをしているが、月に2回くらい、電話がかかってくる。
腕時計が欲しいと言っていた。
何でも高校生の時に買ってもらった腕時計が壊れたからだという。
勝手に買いに行けよ。
と思うが、時計の専門店に入りづらいから一緒に来てほしい。と言うのだ。
ああ…面倒くさい…。
とはいえ、すべてを無碍にするのも良くない。
仕方なく実家に帰ることにした。
うちの近所にあるケーキ屋で、モンブランを買う。
デパートで買うモンブランより、美味いのだという。
菓子パンばっかり食ってるくせに、ケーキの味を語るんじゃねぇよ。と思うが、
言ったところでどうせ響かないので、諦めて買うことにしている。
まぁ、モンブランも砂糖まみれには違いないが、
やたら賞味期限が長い市販の菓子パンよりは体に良いだろう。
ついでに玉子、納豆、モロヘイヤ、牛乳をスーパーで調達。
玉子と納豆はタンパク質その他の健康効果が高く、
モロヘイヤは昨日見た本要約の動画で大絶賛していたので、感化されて買った。
牛乳は健康効果に賛否があるようだが、400円近くする無駄に高い牛乳を買ったから、
安い奴よりは体に良い…と思いたい。
実家への道のりは、35~40km程だ。
1時間ちょっと車で走れば辿り着く。
実家の近くにサッカースタジアムが建設されている。
子供の頃遊んでいたでかい公園は消滅し、
巨大な亀の甲羅のような建物の輪郭が出来てきている。
実家にて、冷蔵庫に買ってきた食材やモンブランを詰め込む。
半分だけ食べてラップしているプリンが目に入り、捨てたい衝動に駆られるが、
見なかったことにして扉を閉めた。
本題である、腕時計の話を聞く。
もうすでにデパートの時計売り場で下見をしたらしい。
「うちはセイコーがええんよ。お父さんに買ってもらったのがセイコーだったから」
あ、そう。
じゃあ、セイコーでいいじゃん。
メーカーが決め打ちできるなら、後はそこから選べばいいから簡単だ。
「セイコーはどこの国のブランドなんかね、スイスだったかいね…」
はぁ?
日本だろ。
『国産だろ!』
突っ込みを入れるが、母親はくじけない。
「昔は国産じゃなかったような…」
そうなのか?
そこまでセイコーに詳しくないので、これ以上掘り下げなかったが、
今ホームページで調べたら「精巧な時計を作る」から、社名になったらしい。
バリバリ国産じゃねぇか!
先に調べておけばよかった…いや、そこまでして突っ込む内容でもないな。
しかし、もうデパートで下見したなら、俺がついて行く必要はない。
気に入ったやつを勝手に買えばいいじゃないか。
「銀行でお金降ろしたんじゃけど…あんた、持っといてや」
『なんでやねん!』
関西人でもないのに関西弁で突っ込んでしまった。
現金を持ち歩くのが怖いからだというが、銀行から家までは持ち帰っているのに、
そこは問題にならないのか?
だが元々話の通じる相手ではない。
気を取り直して話を時計に戻す。
『もう下見をしたなら、俺は行く必要性がない。後は好きにしてください』
「えぇ!下村時計店に行ってみたい」
広島市内の大きめの時計屋に行きたいのだという。
どっちで買っても同じだろうと思うが、
まぁ、自分が買うとしても、複数店舗で現物は見たいと思うかもしれない。
仕方がないので、時計屋に連れて行くことにした。
下村時計店、広島ではかなり大きな時計屋さんである。
時計に対して知識もないので、このお店がどのくらいのグレードなのか、よく知らない。
でもまぁ、広島人なら下村時計店の名前は脳に刻まれているのではないだろうか。
テレビCMも良くやっていた気がする。
時計屋の女性店員が横に付き、用件を聞いてくる。
セイコー一択で、文字盤が丸いものを見せてほしい。
と母親の条件を伝える。
いくつか見せてもらい、手にはめても良いとやさしく言われる。
母親は、ひったくるまで行かないが、比較的乱暴に店員から時計を取る。
一瞬のことなので言葉が出なかったが、やめろ。そういう失礼な取り方は。
と思う。
カタログも持ってきてくれて、カタログのページを店員さんが優しく開いて、
丁寧に説明してくれるのだが、気になるページがあると、
また母親が乱暴にページを押さえつける。
…だからやめろ。その雑な対応。
俺の表情から、店員さんは察してくれている。
…すみません、ガサツな母で。
文字盤がアラビア数字でないと嫌だと言い、
アラビア数字のものを見せてもらうと、
今度は数字が入り過ぎている(1~12まで)のは嫌だと言う。
「縦がええ」
は?
意味がわからない。よくよく聞けば、数字が縦軸と横軸、
すなわち、12時、3時、6時、9時の個所にだけアラビア数字のあるものが良い。
という意味らしい。
横もあるじゃねぇか!
と思うが、突っ込むタイミングは逸していた。
店員さんに、ブレスの部分がシルバーとゴールドのものがあります。
と説明され、
「ゴールドって、金なん?」
…たぶん、純金なのか?という問いだ。
『純金なわけないだろ。二桁くらい値段が上がるわ!』
だいたい、純金だったら重くて付けるのがしんどいわ。
最終的に3種類くらいに絞ったが、母親はトレイに出してもらった時計の前で彫像のように固まっていた。
…絶対今日は決められない。
わかっていたような気はするが、そう思った。
店員さんの許可を得てスマホで写真を撮らせてもらい、
今日は下見ってことで、帰って母親に吟味してもらうことにしよう。
2人で実家に戻り、LINEでさっき撮った写真を送る。
母親は、俺のスマホをのぞき込んでくる。
…何だ何だ!顔を近づけてくるな!
「あんたの写真と一緒なん?」
『一緒だよ!圧縮せず送ったから、劣化はない!』
そんな説明をしても無意味だとわかっているが、
とりあえず言っておいた。
『まぁ、写真もあるし、ゆっくり考えてください。
自分が気に入ったもの買わないと、返品するとか言い出すことになるよ』
と伝える。
以前、自分で気に入った指輪を買って、
「デザインが気に入らん!」
「店員に買わされた!」
と理不尽に怒り狂っていたことがあったからだ。
明日になっても欲しい!と思っているものがあったら、
それは本当に欲しいものである可能性が高い。
帰ろうと玄関でサンダルを履いていたら、でかい声で母親が近づいてくる。
「決めた!これにする!これがええ!」
ゆっくり考えろっつってんだろうが!
もう、今日は行かねぇぞ。
テレビのスイッチを切るように、実家の鉄製の扉を閉め、視界から母親を消した。
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