仕事と浄化と狂人の話

今日も残業していた。

決算書の表現の仕方で、財政課と揉めているのだ。

基金という目的のために積み立てているお金があるのだが、それを一覧で表記している部分を、会計課が決めるべき、財政課が決めるべき、とお互いがお互いの責任だとして、進んでいないのだ。

結論誰も興味がないし、どうでもいい気がするのだが、理屈で言えば、基金を運用している財政課がやるべきだという主張と、基金を含めた資金全体の運用をしている会計課がやるべきだという主張があり、まぁ、どっちもどっちというか、第三者からしたら、何でもいいからさっさと作れよ。って言われるような話である。

で、そろそろ期限が近づいて来たので、真面目に考えることにした。

放っておけば、課長が財政課長と調整するだろう。恐らく財政課長は納得しないから、会計管理者を含めて協議になる。会計管理者は特に主張が強いタイプだから、財政課長と激しく交戦することが予想される。

…全然ダメだ。

このつまらない戦いを回避するには、ほぼ完成した案を作り、財政課に提示するのが良いと思われる。ほぼ完成した表があれば、レイアウトをどうするかとか悩む必要がないし、「表を作る」というお互いの課がもっとも嫌がっている部分を解消できる。まぁ俺が先走って作ったら、「財政課に作らせればいいのに」と上司に嫌味くらいは言われるかも知れない。

まぁその程度で済むなら、課同士のくだらない争いに巻き込まれるより100倍ましである。

そんなわけで、最近の運用方法を反映した新しい基金の表を作成した。

他自治体では既にやってるところも多く、サンプルは沢山転がっているので、大した作業ではない。

ただ、最初の一歩は面倒臭いのは間違いない。Excelの様式が落ちているわけではないし、あったとしても、うちの基金をはめ込むにはある程度の編集は必要になるからだ。

ともかく、財政課とうちの上司たちにプロトタイプの表を送付し、これで行きましょうと投げかけて帰ることにした。

パソコンを落としていると、スマホに通知が来ていた。

最近、自分の内面、魂的なものにこびりついているものを浄化するという、怪しげなことをやっているコミュニティのチャットグループにメッセージが来ていた。

俺は構成員の一人に過ぎず、浄化も上手ではない。自分のペースでちょっとずつ、己を省みるような、自省とも瞑想とも違うような、内面を見つめる作業をしているのだが。

メッセージは主催者ではなく、同じグループの参加者からだった。

浄化という行為について、視点の切り替えやアプローチの方法を変えることで、言葉の捉え方が変わる。捉え方を変えることで、現象を受け入れて問題だったものを内側から解決してしまう。これが浄化なのではないか?

のような、何ともロジカルというかややこしく考える若者の投稿だった。

まぁ、いわゆる浄化が進んでいるみたいだし、そんな風に捉えられるもんなんだねー。くらいに思っていたのだが、最後に、「エムさんはどう思いますか?」のような一文が。

わからんよ。そんなこと言われても。

続いてメッセージが同じチャットグループに届く。

今度はお笑いと浄化は構造的に似ているのではないか。お笑いは合理的な浄化システムと思うがどうか。みたいな内容だ。そして最後に「エムさんはどうですか?」とある。

…何で俺限定なんだよ。

とはいえ、名指しで意見を求められているし、狂った若者にしてはまともな文章で質問してきているので、自分の考えを出来るだけ平易な言葉で回答してみた。

俺の浄化の捉え方は、内面に隠れている感情が出てきたら、それを脚色せずに掘り出して、ただ感じる。そこに自然に入り込めば入り込むほど、その感情が満たされて鍵が外れる、という感じだ。

過去に囚われた感情を封じ込めてしまっているから、それがそのまま内部に重りとなって残ってしまう。重りの付いた状態で日常生活を送るため、日々の事象に対して、重りのバイアスがかかった状態で反応するから、怒りやすくなったり、悲しくなりやすかったりする、いわゆる個性のような反応が出る。

それは個性ともいえるが、不要な思い込みのようなものともいえる。過去の出来事によって作られた枷というか、抵抗のようなもので、取ってあげないと苦痛で本来の動きができない。痛いから痛みを感じないようにすることが優先され、本当に望んでいることを考えられない。

それは本来の自分…そんなものがあるのかは議論の分かれるところかもしれないが…を閉じ込めてしまっていることになる。その重りや足枷を外してしまおうぜ、それが浄化だぜ。浄化が進めばやりたいことや出来ることが、異次元レベルで変わるんだぜ。

って話だと、俺は理解している。

コミュニティの若者に、ここまで丁寧にメッセージに書いたわけではないが、それなりに誠意をもって返信してみた。

程なくして、同じ若者からラップ調かつ異様なハイテンションで、正気とも狂気ともつかぬ長文の質問メッセージが届いた。

もはや俺に質問があるとかではなく、単に言葉でいじりたいために送ってきている気がする。

この若者は浄化が進んでおり、開花という状態に到達していると聞いた。浄化が進むと恍惚感に包まれる瞬間が来るというが、彼は恍惚に浸っているのであろうか。実際、悟りを開くと、現代社会では単純に何もしない邪魔な人になるだろう、と何かの本に書いてあったことを思い出した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました