方位取りと友達を無くした話

とことん怪しい見えない力の話

今日は、ひたすら南西に車を走らせていた。

方位取りという、神道なのか占いなのかわからないが、吉方位に行くことでご利益が得られるぜ的な術?のために吉方位に向かった。

この術(もう術と呼ぶことにする)は、向かった先で2時間程滞在することが条件となっている。

ご利益は毎回異なり、今回は「大開運」なのだそうだ。

前回の方位取りのご利益は「良縁強力」、「神の声を聞く」というものだった。

完璧に信じているわけではないが、不思議なことにこの術を行った後、実際に人との縁が強力に働いているような出来事がぽろぽろと発現しているのだ。害虫の来訪も、一応文章を書くきっかけになったしな。

神の声はまだ聞こえてこないが、瞑想してるときに、これまでよりもはっきりと場所のイメージが出てきたり、誰かの腕が見えたりもした。自分の腕なのか、やけに細い腕で何故か緑色だったが…。

それは脳内イメージかも知れないが、これまでと違う事が起こっているのは間違いないし、まぁ、方位取りのお陰だと思った方が面白い。何より、この術は本当に威力がある気がしてきた実感があるのが大きい。

そんなわけで、今回の吉方位である南西に向かった。

今回は2時間ぶっ通しで車を走らせても、海にぶつかって道がなくなることはなかった。

海にはぶつかるのだが、割と大きな島に橋で渡れるためだ。

ここは江田島か能美島か、どっちかだ。

対岸に厳島が見える。厳島をいつもと逆側から見られるのは少し新鮮だ。

車で移動中、チャクラを活性化するという、これまた怪しげな音源を聞きながら走っていた。

この音源が丁度2時間あるので、タイマー代わりにもなる。

方位取りは2時間は同じ方向へ移動するルールがあるのだ。

移動中、自省を繰り返す。

今心に浮かんでくる感情、悲しいような惨めのような気持ちの原因に向かい合おうとすると、別の考えが浮かんできて邪魔をする。

小学生の時、仲の良かった友達がいた。

そいつは引っ越してしまったが、本当に仲が良かった。

中学か高校生になったとき、そいつからハガキが届いた。

「いつまでも忘れていません」

みたいに書いてあって、男友達だったが嬉しかったのを覚えている。

ところが俺は何を思ったか、返信のハガキに沢山の害虫の絵を書いて送った。

しかもそこそこ上手に書けてしまったので、不気味以外の何物でもないハガキになった。

何故そんなことをしたのか。

害虫の絵を書くことで、表面的な意識では『面白いだろう』と思ってたのだと思うが、嬉しさを素直に表現できず、『いっそ壊してしまえ』みたいな逆の事をやっていた。

これは、今の俺の状況とも何となく合致するところがあって、良い縁が目の前にあるのに、先生の表現を使えば「茶化して誤魔化して」しまっていたのだと思う。

当然その友達から連絡はなくなり、俺はたぶん、親友の一人を失った。

こんなことを思い出したのは、多分意味があるのだろう。

前も書いた気がするが、

「あなたは幸せになってはいけないと思っているんですよ」

みたいに先生に言われたことを思い出す。

そんなバカなと思ったが、本当にそうかも知れない。

そういえば友達にもそんなことをしていたからだ。

感情の前提になっている理由はわからない。それが本当に前世の行いのためなのか、俺の心の性質なのか。感情に浸ると、涙がボロボロ出てくる。

どうしたらいいのかわからないが、涙が出るってことは少なくとも何もないってことだけはない。

これで浄化出来たのかはわからない。

それでも、過去に自分の訳の分からない行動をした理由が分かった気がした。

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