雪が降っていた日の昼休憩。
駐車場に向かうと、車のフロントガラスに雪が積もっていた。
気温が上がりつつあったせいか、フロントガラスの下部にロールパンの出来損ないみたいな、厚みのある不思議な形の積もり方をしていた。
このまま凍ってしまったら後処理が大変な気がする。
…よし。
おもむろに差していた傘を閉じ、雪を崩し始める。
塊が崩れれば、溶けやすくなって後処理が楽になるだろう。
素早く傘で雪をかき混ぜるように崩す。傘の先がフロントガラスに当たるが、気にしない。
どうせコンビニの安い傘だ。ガラスが傷つくこともあるまい。
1分くらい経ったか、まぁこんなもんだろう。
翌日、普通に晴れていたので、雪を崩す必要もなかった気がした。
まぁいい。天気もいいし、ドライブ日和である。
…あれ?
フロントガラスにキズ、入ってないか?
いやいや、ぼろい傘だから、傘の先の部分が削れてガラスに付いているだけだろう。
フロントガラスを拭いてみる。
何度拭いても、傷は消えない。
もしかして…コンビニ傘を取り出し、先をよく見ると金属で出来ている!
まじか。安いくせに先端は金属加工か。無駄に良い造りしてやがる…。
たまに杖のように地面を突いたりしているから、先の金属部分が鋭利になっている。
そういえば車の12カ月点検がそろそろだったな。
車屋さんで見てもらおう。案外磨いたらきれいに治る、とかではないだろうか。
そして今日、12カ月点検のため車屋に行った。
「フロントガラスの傷ですね!しっかり見させていただきます!」
元気な整備士さんの声に、勇気付けられる。
別に大したことはないんじゃないか。サッと拭いて、サッと傷もなくなる。
そんな未来を夢想して点検の終わりを待った。
小一時間ほどして、整備士さんが言い辛そうにしている。
あ~、ダメか。
「傷なんですけど、爪が当たるくらい深いので磨いても消えないと思います」
「どうしても消したいとなると、ガラス交換になります。」
そうでしたか…。
「一応、見積もりを作ってみました」
拝見いたします…整備代金 136,961円。
へ~、13万円ね。や、安いじゃないか。
13万なんて、時給1,000円のバイトを1日8時間したとして…
17日働けばいいのか…17日!?
ほとんど一か月働いて、ようやく頂くお給金。
それ全部つぎ込んで、ガラスのちょっとした傷が消えるだけ。
13万あれば、1,000円の定食が130食も食えるじゃあないか。
角度によっては見えない傷を治す対価が130食分の昼飯…。
何かすごくセコい発想の気がしないでもないが、惜しい。
13万は出せぬ。
『フロントガラス、この傷放置してて割れたりしますか?』
割れないだろうと思いつつも、聞かずにはいられなかった。
「いや、割れることはないですよ。小石が当たってヒビが入ることはありますが、
それは傷のないガラスでも起こる事です。」
そうですか…。
『自業自得なので、割れないならこのまま乗り続けます!』
努めて明るく返事をしたあと、しばらくして深いため息をついた。
あの時、無駄にガラスの雪を突いたりしなければ…。
たった1分の過ちで、13万か…。
13万もあったらよっぽど高級な過ちが…。
そうだ、先日、沖縄に行きたいと思っていて、
仮想通貨のFXサイトに入った。過去に手痛い目にあってから触れていなかったのだが。
11万円ほど入れっぱなしにしていたので、チャートをぼんやり眺め、
『これは上がる!』
と思い、買いを入れ、数週間投げていたら、本当に上がり、4万円程度の利益を得たのだった。
まぁ、単なるギャンブルなので、あんなことは二度とない。
しかし!
11万が15万になったのだ。
100万かき集めて同じことをすれば、40万の利益になる。
そうなれば、フロントガラスの一枚や二枚買ったところでお釣りまでくるぜ…。
もう一度くらい幸運が…。
…あかん!
平日に休みを取って朝からパチンコ屋に並ぶ夢追い人と同じ思考になっている。
負ける。やったら絶対に負ける。
学べ俺。ガラスの傷なんて無視だ無視。
個性。そうだあの傷は個性だ。
よーく眺めれば…
適当に回した不規則な傘の軌跡が、ガラス面にはっきりと残っている。
見れば見る程、不快感を増大させる。
…何が個性だ!絶対買い替えてやる。
金、貯まってからな。
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