朝、課長が近づいて来た。
…何だ?また新しい仕事か。雑談か。
課長は生真面目だが、たまに雑談をしてくる。
それが10分、20分と、結構な長さになるので困りものである。
「予算の報告なんだけど…」
おっと、仕事の話だ。
「部長に報告しないといけないみたいなんだ」
はぁ、そうですね。
課長は今年度から課長になった人なので、手順や手続きを知らないものもある。
俺は去年、課長がアポも資料作りもやってましたよ。
と答える。
…。
課長は無言である。
前と同じパターンだな。
『前も言いましたけど、前の課長はご自分でアポイント取られてました。
どうされますか?』
これくらい具体的に聞けばいいかな。
「やらないといけないならやるけど…」
またずるい言い方するなぁ。
やらないといけないか。絶対じゃない。
課長はアホではない。そんなことわかって言ってる。
本音のところは、
「部長のアポ取りなど課長がやる必要はない。アポ取りは課長補佐がやってくれ」
って言いたいんだろう。
これをいうと俺がやる事になるが、仕方がない。
『やれ。と言って頂ければやりますが。前例踏襲しなければいけないものでもないですし』
課長は少し明るい表情になり、
「お願いしていいかな?」
と聞いて来た。
やります。やります。
それはまぁいいよ。いいけどさ。
バシッと指示してくれた方がストレスがないんだよな…。
夕方になって、課長と今後の研修内容についての協議をしていた。
2人で会議室に入っていたが、扉は空けている。
会計課に隣接した会議室のため、外からの声が入ってくる。
どうやらカウンターに納税者が来ているようだ。
段々、納税者のおじいさんの声が大きくなってくる。
後半、ほとんど怒鳴ってるくらいの大声になった。
会議室で課長に言う。
『ちょっと行ってきていいですか?』
許可を得て、会計課のカウンターに向かう。
うちの係の好青年の男と、隣の係の係長が応対していた。
一見して、
カウンター越しにじいさんが激怒している。
好青年の係員はゆったり説明しているが、リズムが噛み合ってない。
隣の係長は、じいさんに対して敵意を向けているように見える。
…こりゃダメだ。
すかさず好青年と係長の間に割って入り、
納税者のキレてるじいさんの正面に立つ。
カウンターに身体を預けるようにして、出来るだけじいさんに近づく。
パーソナルスペースを潰して、味方の距離に入るのと、
俺の意識でじいさんを取り込むためである。
「わりゃ!なに何人も来よるんならッ!」
あー、キレてるキレてる。
今ここで書いているほど俺にも余裕はない。
大体なんで怒ってるのか知らないし、
怒鳴り中に関係ない奴がきたら面白くないだろう。
『わたくし、この者の上司でして。お話を聞かせて頂ければ』
とっさに適当な言葉が出るが、嘘は言っていない。
「はぁ!?上司かなんか知らん!関係あるか!」
しっかり黒目を見つめながら、事情を聴く。
内容はこうである。
・以前、支払い遅れた納付書を市役所で支払ったが、
数日後、同じ内容の督促状が届いた。
・今回、また支払い遅れてしまったが、督促状を送られては困る。
そもそも前回、なぜ督促状を出したのか。
大体こんな内容と理解した。
一旦、全部聴く。とにかく聴く。これ大事。
『こちらの手違いがあったようです。大変申し訳ございませんでした』
深々と頭を下げる。
カウンターにへばりつくようにしていたので、
一旦姿勢を正してから、頭を下げた。
「いや…あんたに謝ってもらう事はない」
…あ、勝った。
勝ち負けではないが、もうこの人はクレーマーではなくなった気がした。
支払ったのに督促状が来たこと、
役所の事務の不手際への怒り…。
聞き終わってから、呼吸を見計らって謝る。
別に俺がやったわけではないが、抽象度を上げれば市役所の不手際は俺の不手際だ。
ここで謝る時は本気で謝らないといけない。
何でかわからないけど、相手を自分の空間に入れて、
気持ちを入れて謝れば伝わるのだ。
俺はそれを過剰にぶち込む。
こうすると返報性かわからないけど、大体仲良くなれる。
俺が勝手に思うわけわからん理屈はともかく、まぁ、誠意みたいなもんだな。
でも技術的っぽいもののある気がする。
遠い昔に習った技を、織り交ぜて使っている。
「わしも、ボケとるけぇのう!」
じいさんは自虐を入れてくるようになった。
もうただのお客さんだ。
きっちり保険料を支払ってもらって、笑顔で帰ってもらった。
あのねー。
好青年くんはともかく、隣にいた係長の応対はよろしくない。
お客さんと特に何かを喋ってたわけじゃないけど、不満顔だったし、
たぶん心に敵意を持っていたはず。
まぁ、俺の思い込みだけど、そんな感情で接したらじじいはキレまくるだけだよ。
などと思ったが、証拠もないし、じいさん上機嫌で帰ったから、
これで良しとしよう。
会議室に戻り課長に
『片付きました。お待たせしました』
と伝える。
「あ、うん。それで研修のことなんだけど…」
何事もなかったように会議を進める課長。
って、会議室まで響く怒鳴り声聞いてただろ。
褒めろや!って、ちょっとだけ思い、
部下の気持ちが少しわかった気がした。

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