メモの使い方

今日も仕事の話だ。
今日は指定金融機関のお偉方がやってくる日だ。

指定金融機関というのは、簡単に言うと、市の代表口座をもっている銀行のことである。
メインバンクって言えばいいのかな。

そのせいで、ここ一週間くらい、課長が落ち着きがない。

「銀行にお示しする資料を作って」
「うちで作った資料は、銀行が作った資料の構成と合わせた方がいいわ」
「会議室に蛾が死んでいるからコロコロで取って」

…みたいな具合である。
向こうは部長級が来るし、うちの市長だか副市長だかと仲良しだから、
課長が忖度しまくっている。

銀行にお示しする資料???
銀行側は、手数料の値上げと、役所内に設置された出張所の廃止を迫ってきている。
しかも、契約書の文言を無視して、口頭で無効を主張してくるような輩だ。

そんな野盗みたいなやつらに、額を地面にこすりつけて銀行様が見やすいような資料を作れと?
会議室に蛾の死体があるからどうだって言うんだ。
蛾の上に座らせときゃいい。

…とはいえ、まぁ、虫の死体は衛生的によろしくないので、カーペットの上に枯葉のように貼りついている蛾の死骸を命令通りコロコロに貼り付け、燃えるゴミ箱に放った。

資料は雑に作ったものがあるが、わざわざ銀行に見せてやる必要はない。
会計管理者を交えて話し、銀行は今年度方針を変えてきている。
今こちらが出張所の廃止を前提とした資料を出せば、足元を見られるから、
手持ちとして持って置き、相手の出方を見るべきである。

と進言。あっさり受け入れられた。

とはいえ、何の資料も作らなかったら、課長の面子もあるだろうから、
簡単な次第を作成。

銀行が協議してくる内容は、手数料の値上げと出張所の廃止。
手数料の値上げに関しては、これとこれを聞く。
出張所の廃止に関しては、これとこれを聞く。

という具合に、俺が聞きたいことを箇条書きで示したものを課長に渡した。

「ありがとう!」

課長は無邪気に喜んでいた。
どちらかというと俺の手持ち資料って感じの中身が無いものだが…。
これでいいのか、課長さんよ。

時間になり、銀行の面々が到着。
今日はご丁寧に部長が二人も来ていた。

座るがいい。虫もいないぞ。

銀行側と交渉が始まる。
儀礼的な挨拶の後、銀行から出張所を廃止した場合のコスト資料の提示を求められる。

俺が適当に答える。概算は出したが、業務発生数を計数中で精度を上げたいので、
もう少し時間がほしい。全庁の担当課にも照会を掛けるので、すぐのことにはならない。

みたいな感じである。一つも嘘はついていない。
ただ、もっと早くやる気になっていれば資料は作れただろうとは思うが。

銀行側は、こちらに配慮した様子で、市の事情も分かるし、もう少し待てるから、
予算までに何とか形にしてほしい。
と、これまでに無いようなソフトな表現で返してきた。

やっぱり銀行側の方針が変わっている。
こりゃ何かあったに違いない。
心なしか、以前俺に食って掛かって来た部長の頬がこけているように見える。

関係あるかわからないが、俺が草の根活動で、他の銀行たちに、

『仮に指定金融機関をやるとしたらいくらで出来ますか?
 別に今の指定金融機関を変えるわけではないですけど』

という内容の話をしているのだ。
今の銀行が、「指定金融機関は儲からないから、やめてやってもいい。」
のような事を、ほとんどダイレクトに脅しのように、
いや、普通に脅しで使ってきていたから、頭に来ていた。

今すぐ刺すことはできないかも知れないが、材料を持っていれば、
いつか刺せる。そう思ってのことだ。

いくら資産が超大な銀行様とはいえ、例えばライバル銀行や、
格下の銀行に指定金融機関を奪われたら、支店長レベルは左遷くらいさせられるのではないか。
うちは腐っても数百億レベルの取引がある。

銀行の経営に影響はないだろうが、銀行の都合でなく、自治体の方から見切りを付けてしまったら、
風評的にもダメージではないのか?

指定金融機関を変更するのは大変だ。
議会の承認も必要だし、システム改修も発生する。
ここに書けないような政治的な圧力も掛かるかも知れない。

だから、普通はやらない。
大体公務員は数年単位で異動するし、給料に影響があるわけでもない。
やるメリットがない。

しかし…。

そうやって変えられはしない。と高を括っている銀行の舐め腐った態度が気に入らん。
まじで変えるかどうかは別としても、準備はしておいてやる。

そんな感じで、草の根活動をしていたのだが、
もしかしたら、銀行間のネットワークで、誰かがしゃべって、今の指定金融機関に伝わったのかも知れない。
とにもかくにも、風向きが変わっている。

ちょっと拍子抜けするほどだ。

いずれにしても、手数料は値上げするだろうし、出張所も廃止されてしまうだろう。
それでも、「最大限市側の意向を尊重する。」みたいな一見まともなことを言うようになった。
こんな台詞、以前は社交辞令でも絶対言わなかったから、方針が変わっているのは間違いない。

今日の会議は妙に課長の発言が目立った。
結構俺が聞きたい質問を代わりにしてくれていた。

何か聞いたような事を話すなぁ、と思っていたら、
俺が渡したメモを順番に話しているようだった。

ああ、俺が聞きたいことを書いてレジュメのようにして渡しておけば、
課長はそれをそのまま相手に聞いてくれるんだ。
なるほど、こういう使い方があるのか…。

よい勉強になった。

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